
三陽の歴史
☆第一章☆
マスターは愛知県
は三河の生まれ
です。11人兄弟
の良家(?)の五
男として生まれ、
何もかも不自由な、
良家の(?)青春
時代を過ごした。
五男(ごなん)に
生まれた為、御
難(ごなん)続き
の人生!
親が一男(長男)
に生んでくれたら、
一(いい)男にな
っていたかも!
だから今でも、
へそはねじれて
ひん曲がってい
る
☆第二章☆
10代の時、サラ
リーマン生活(ト
ヨタ自動車工業
本社)を送るが
途中でコロンブス
の新天地を求む
心境になり、親達
に無断で家出し、
横浜に新天地を
求め、横浜大陸
に来たが、金を
使い果たし、飲食
店で皿洗いをする。
朝早くから夜遅
くまで働くことが
好きだったので、
がむしゃらに働
くが、店の非常
にやさしい主人
とめぐり合うが、
急死した為、途
方に暮れるが、
田舎に帰ること
もできず、店を
持つために壊れ
たラーメンの屋
台を500円で
買ってきて、
屋台を始める。
☆第三章☆
屋台を始める
ときに、これまた
親切な方とめぐ
り合う。その方
が駅のすぐ横の
自分の空き地
をただで屋台を
やらせていただ
く。
「その代わり、必
ずお店を持つよ
うにがんばれ!」
と。
手作りの特製屋台
でした。
雨の日も晴れの日
も雪の日もマスター
は屋台を引きなが
ら、一生懸命働き
ます。そして有難い
ことに、たくさんの
お客さんにきても
らえるようになり
ます。
☆第四章☆
マスターは横浜
桜木町の野毛に
現在のお店を出す
ことにします。
昭和43年2月23日
高級チャイニーズ
レストラン(?)5坪
「三陽」開店!!
そして今に至ります。
三陽のVIP席といえば
「ロイヤルボックス」
二人がけのテーブル
カウンター席の一人席は
たそがれシート。
カップル席は
ロマンスシート、
お年寄はシルバーシート!
店に入れないお客
様は店の入口の軒
下にベニヤ作りの
「ビアガーデン」
それ以上のお客様
は折りたたみ机で
店の向かい側に野毛
の「三陽の御用邸」
を土、日曜日はセット
して食べて頂きます。
「お客様あっての
三陽と考えている」
マスターが思案の末、
考え出したものです。
今や桜木町野毛の
名物になっています。
三陽はこれからも
一生懸命やらせて
いただく所存です。
今後ともどうぞよ
ろしくお願いいた
します。
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